深緑が太陽の日差しを浴びて光っている。木々や動物たちも活発になってきた。そんな夏の薫りが漂い始める6月初頭のお話。
恋人たちが愛を誓い合う、ジューンブライドとも呼ばれる6月に、例に漏れず結ばれた二人がいた。
今日は御門千早と御門薫子の結婚式が執り行われ、現在、式も佳境を迎えている。
式が無事に終了したと一息ついていた僕は薫子さんに呼ばれて控え室に来ていた。
そして僕は唖然と立ち尽くしていた。
「薫子さん、まさか……」
「そりゃ、千早も着ないともったいないもん」
目の前にあるのは、先ほどまで薫子さんが着ていたウエディングドレスだった。
薫子さんの提案は、僕がウエディングドレスを着て、再度式を執り行うこと。
そのために、一部の出席者には残ってもらっているそうだ。
「僕は着ませんよ」
試しに聞いてみる。
「着ないと離婚するよ」
薫子さんの答えに迷いはなかった。
「千早くん。早くここに座りなさい」
僕の従姉で、日本を代表するようなカリスマファッションデザイナーとなったまりや従姉さんが、化粧道具を持って僕の行く手を阻んでいた。
「……はい」
そう答えるしかなかった。
「瑞穂ちゃんもそうだけど、ホントにアンタも女泣かせの容姿よね」
「……はぁ」
そんなことを云われても嬉しくないことぐらい、まりや従姉さんは承知なのだろう。
瑞穂さんも大変だな。
「千早はまりやお姉さまには渡しませんよ」
薫子さんも、変なところに突っ込まないで、フォローの一つくらい入れてほしい。
「あたしには瑞穂ちゃんがいるから大丈夫」
こんな会話を聞いていて、本当に恐ろしくなる。
瑞穂さんというのは、まりや従姉さんの従姉にあたり僕にとっては再従兄にあたる人物だ。
瑞穂さんも、十条紫苑さんと結婚している。
僕は女装して通わされた聖應女学院を卒業して以来、僕と似た境遇の瑞穂さんとも良く逢うようになり、今では瑞穂さんと普段から飲みに行くほど親密になっている。
瑞穂さんは大学の先輩でもあるのだが、一番のよき理解者なのだ。
それはもう、女装やらエルダーやら何やら、話題も尽きないし、話が合いすぎてお互い吹き出してしまったほどだ。
「ところで、なんで薫子さんがまだここにいるのですか」
「それは、薫子ちゃんがどうしてもって云うからね」
「千早の着替えをまりやさんに任せるわけにはいかないでしょ。千早は男なんだし……」
ああ、それで薫子さんはここにいるのか。
「まぁ、それはそうですけど……さすがに薫子さんではウエディングドレスの着付けは……」
「着付けは練習したもん」
薫子さんに泣きそうな顔で訴えられると最早僕では断れない。
「千早くんはちゃんと花嫁姿で愛する薫子ちゃんと逢いたいのよね。わかるわ、千早くんの乙女心」
僕は単に女装をするために着替えている姿を薫子さんに見られたくないだけで……。というか、まりや従姉さんの不気味な笑顔が怖い。
「まりや姉さんに僕の気持ちがわかってたまりますか」
瑞穂さんならわかってくれると思うけど……。
「はい。化粧は終わったわ。後は薫子ちゃん、よろしく」
そう云ってまりや従姉さんは、部屋を去っていった。
僕と薫子さんだけが部屋に取り残されて、微妙な空気が漂っていた。
「ごめんね、千早」
「謝るならこんな計画的犯行に及んでいませんよね」 ささやかな反抗を試みるが……。
「嫌だもん。千早のウェディングドレス姿を見たいも~ん」
薫子さんは開き直っていた。
「……はぁ。薫子さんは、結局僕が折れることを知っていてやっているのですから質が悪いですよね」
「なんだかんだ云って千早も着たいんでしょ?女装癖持ちの変態さん」
さすがに今の薫子さんの発言には腹が立った。
「着ませんよ」
「そしたら離婚するもん」
ただ、僕には為す術がなかった。
「理不尽だ……」
完全に薫子さんの尻に敷かれている気がする。
「はい、これ……」
「薫子さん……これは?」
薫子さんが渡してきたものを見て僕の頭は真っ白になった。
「あたしがさっきまで履いてた下着……」
「なるほど、薫子さんの下着……って、ちょっと待ってください!」
真っ白で可愛らしい純白のショーツは、まだ生温かい。
「やっぱりダメかな?」
「ダメに決まっているでしょう。それにさっきまで履いてたって……」
「うん。すっかり下着のこと忘れてて……。さっき慌てて脱いだの。
やっぱりウェディングドレスにトランクスはまずいでしょ?」
「そうですけど、何も薫子さんの下着をつけることはないです。それに薫子さんはどうするつもりですか」
「千早のタキシードを着るから千早の下着で大丈夫だよ」
「……はい?」
「「………………」」
ちょっと薫子さんの云っていることがよく分からない。
「服、交換しよ」
「ちょっと待ってください!」
僕は全力で説得しようと頑張った。しかし、結局薫子さんと服を全交換することになったのだった。
「よし完成!うん、千早可愛いよ」
鏡を見ると、紛れもなく美女に成り代わった僕の姿があった。
「……はぁ、これどこから見ても花嫁ですね」
「本当だよねー。あたしなんか、どう頑張ってもコスプレにしか見えないのに」
そんなことを云う薫子さんが可笑しくてつい笑みが零れてしまった。
「ふふっ、薫子さんも格好いいですよ」
僕がそう云うと薫子さんは呆れ顔になった。
「……千早、あたしを褒めるのがどういうことかわかってる?」
「…………………」
「わかってなかったのね」
そういえば、さっき『薫子さんも』とか云わなかった?もしかして、僕は自身の女装を当たり前に思っているんじゃ………。
「帰っていいですか」
「だめ」
とりあえず、ウエディングドレスを着たまま膝をついて落ち込むしかなかった。
「はぁ……どうしてこんなことに……」
僕はタキシードに身を包んだ凛々しい薫子さんに手を引かれて、バージンロードを一歩一歩進んでいた。
「聖應に転入した千早が悪いんだから」
僕にしか聞こえない声で薫子さんはそう呟いた。
「でも、悪くないでしょ?」
「そうですね。僕が女装して聖應女学院に転入しなければ、こうして薫子さんと結ばれることもなかったのですから」
「そういうこと」
一歩一歩、聖應での思い出を振り返りながら、二人手を繋いで前に進んだ。
シスター姿の緋紗子先生が、司式者をしてくれていた。そして、ついにその時がやってくる。
「では、誓いのキスを」
「………千早」
「……んっ」
薫子さんが僕の額にかかったレースを上げて、顔を近づけてきた。
先程僕が薫子さんにしたのと同じ仕草なのに、キスをされる側になると妙に緊張してしまう。
僕はそんな緊張に耐え切れず、思わず目を閉じてしまう。ドキドキと鼓動が早まる。
そして、僕たちの唇は重なり合った。
「薫子さん、これで満足ですか」
「うん!満足」
僕の花嫁姿で皆が見たがっていた一通りの儀式を終えて、僕たちは再び控え室に戻っていた。
「それならよかったです。しかし、香織里さんとまりや従姉さんのはしゃぎっぷりには驚きましたよ」
「あの二人、凄く気が合ってたよね」
本当に、聖應女学院の関係者さんは、皆が全力で僕のウエディングドレス姿を楽しんでいた。
瑞穂さんだけは、少し心配してくれていたけど。
「千早、あたしわかったよ」
薫子さんが唐突にそんなことを云った。
「何をですか」
僕はそう聞き返して……。
「これがあたしたちなんだってこと」
薫子さんはそう答えた。
「そうですね。あの頃と変わらない皆さんがいて、僕たちがいる。僕と薫子さんは結婚しますけど、何かが変わるってことでもないのかもしれません」
そう。僕たちの絆は決して弱まることはない。そう実感できた式だった。
「うん。でもね、変わったこともあるよ」
薫子さんは嬉しそうにそう云うので、僕はまた聞き返した。
「それは何ですか」
薫子さんはぽんぽんぽんっと前に進み、僕のほうに振り返った。
「それはね。誓いのキスだよ」
前を行く薫子さんに追い付くと薫子さんは続けて云った。
「千早、もう離さないよ」
「それは僕の台詞です。薫子さん」
そして僕たちは、今日三度目の口付けを交わした。
さて、閉式後の話。
「千早くん……僕の結婚式でも、同じことをやったんだ」
「瑞穂さんもですか……」
「うん。千早くんたちが帰ってから、親族と聖應関係者だけでやったから」
「その時の写真か何かは」
「これ……」
「「……………………」」
「お互い大変ですね」
「そうだね」
友情を深め合う、瑞穂と千早であった。
恋人たちが愛を誓い合う、ジューンブライドとも呼ばれる6月に、例に漏れず結ばれた二人がいた。
今日は御門千早と御門薫子の結婚式が執り行われ、現在、式も佳境を迎えている。
式が無事に終了したと一息ついていた僕は薫子さんに呼ばれて控え室に来ていた。
そして僕は唖然と立ち尽くしていた。
「薫子さん、まさか……」
「そりゃ、千早も着ないともったいないもん」
目の前にあるのは、先ほどまで薫子さんが着ていたウエディングドレスだった。
薫子さんの提案は、僕がウエディングドレスを着て、再度式を執り行うこと。
そのために、一部の出席者には残ってもらっているそうだ。
「僕は着ませんよ」
試しに聞いてみる。
「着ないと離婚するよ」
薫子さんの答えに迷いはなかった。
「千早くん。早くここに座りなさい」
僕の従姉で、日本を代表するようなカリスマファッションデザイナーとなったまりや従姉さんが、化粧道具を持って僕の行く手を阻んでいた。
「……はい」
そう答えるしかなかった。
「瑞穂ちゃんもそうだけど、ホントにアンタも女泣かせの容姿よね」
「……はぁ」
そんなことを云われても嬉しくないことぐらい、まりや従姉さんは承知なのだろう。
瑞穂さんも大変だな。
「千早はまりやお姉さまには渡しませんよ」
薫子さんも、変なところに突っ込まないで、フォローの一つくらい入れてほしい。
「あたしには瑞穂ちゃんがいるから大丈夫」
こんな会話を聞いていて、本当に恐ろしくなる。
瑞穂さんというのは、まりや従姉さんの従姉にあたり僕にとっては再従兄にあたる人物だ。
瑞穂さんも、十条紫苑さんと結婚している。
僕は女装して通わされた聖應女学院を卒業して以来、僕と似た境遇の瑞穂さんとも良く逢うようになり、今では瑞穂さんと普段から飲みに行くほど親密になっている。
瑞穂さんは大学の先輩でもあるのだが、一番のよき理解者なのだ。
それはもう、女装やらエルダーやら何やら、話題も尽きないし、話が合いすぎてお互い吹き出してしまったほどだ。
「ところで、なんで薫子さんがまだここにいるのですか」
「それは、薫子ちゃんがどうしてもって云うからね」
「千早の着替えをまりやさんに任せるわけにはいかないでしょ。千早は男なんだし……」
ああ、それで薫子さんはここにいるのか。
「まぁ、それはそうですけど……さすがに薫子さんではウエディングドレスの着付けは……」
「着付けは練習したもん」
薫子さんに泣きそうな顔で訴えられると最早僕では断れない。
「千早くんはちゃんと花嫁姿で愛する薫子ちゃんと逢いたいのよね。わかるわ、千早くんの乙女心」
僕は単に女装をするために着替えている姿を薫子さんに見られたくないだけで……。というか、まりや従姉さんの不気味な笑顔が怖い。
「まりや姉さんに僕の気持ちがわかってたまりますか」
瑞穂さんならわかってくれると思うけど……。
「はい。化粧は終わったわ。後は薫子ちゃん、よろしく」
そう云ってまりや従姉さんは、部屋を去っていった。
僕と薫子さんだけが部屋に取り残されて、微妙な空気が漂っていた。
「ごめんね、千早」
「謝るならこんな計画的犯行に及んでいませんよね」 ささやかな反抗を試みるが……。
「嫌だもん。千早のウェディングドレス姿を見たいも~ん」
薫子さんは開き直っていた。
「……はぁ。薫子さんは、結局僕が折れることを知っていてやっているのですから質が悪いですよね」
「なんだかんだ云って千早も着たいんでしょ?女装癖持ちの変態さん」
さすがに今の薫子さんの発言には腹が立った。
「着ませんよ」
「そしたら離婚するもん」
ただ、僕には為す術がなかった。
「理不尽だ……」
完全に薫子さんの尻に敷かれている気がする。
「はい、これ……」
「薫子さん……これは?」
薫子さんが渡してきたものを見て僕の頭は真っ白になった。
「あたしがさっきまで履いてた下着……」
「なるほど、薫子さんの下着……って、ちょっと待ってください!」
真っ白で可愛らしい純白のショーツは、まだ生温かい。
「やっぱりダメかな?」
「ダメに決まっているでしょう。それにさっきまで履いてたって……」
「うん。すっかり下着のこと忘れてて……。さっき慌てて脱いだの。
やっぱりウェディングドレスにトランクスはまずいでしょ?」
「そうですけど、何も薫子さんの下着をつけることはないです。それに薫子さんはどうするつもりですか」
「千早のタキシードを着るから千早の下着で大丈夫だよ」
「……はい?」
「「………………」」
ちょっと薫子さんの云っていることがよく分からない。
「服、交換しよ」
「ちょっと待ってください!」
僕は全力で説得しようと頑張った。しかし、結局薫子さんと服を全交換することになったのだった。
「よし完成!うん、千早可愛いよ」
鏡を見ると、紛れもなく美女に成り代わった僕の姿があった。
「……はぁ、これどこから見ても花嫁ですね」
「本当だよねー。あたしなんか、どう頑張ってもコスプレにしか見えないのに」
そんなことを云う薫子さんが可笑しくてつい笑みが零れてしまった。
「ふふっ、薫子さんも格好いいですよ」
僕がそう云うと薫子さんは呆れ顔になった。
「……千早、あたしを褒めるのがどういうことかわかってる?」
「…………………」
「わかってなかったのね」
そういえば、さっき『薫子さんも』とか云わなかった?もしかして、僕は自身の女装を当たり前に思っているんじゃ………。
「帰っていいですか」
「だめ」
とりあえず、ウエディングドレスを着たまま膝をついて落ち込むしかなかった。
「はぁ……どうしてこんなことに……」
僕はタキシードに身を包んだ凛々しい薫子さんに手を引かれて、バージンロードを一歩一歩進んでいた。
「聖應に転入した千早が悪いんだから」
僕にしか聞こえない声で薫子さんはそう呟いた。
「でも、悪くないでしょ?」
「そうですね。僕が女装して聖應女学院に転入しなければ、こうして薫子さんと結ばれることもなかったのですから」
「そういうこと」
一歩一歩、聖應での思い出を振り返りながら、二人手を繋いで前に進んだ。
シスター姿の緋紗子先生が、司式者をしてくれていた。そして、ついにその時がやってくる。
「では、誓いのキスを」
「………千早」
「……んっ」
薫子さんが僕の額にかかったレースを上げて、顔を近づけてきた。
先程僕が薫子さんにしたのと同じ仕草なのに、キスをされる側になると妙に緊張してしまう。
僕はそんな緊張に耐え切れず、思わず目を閉じてしまう。ドキドキと鼓動が早まる。
そして、僕たちの唇は重なり合った。
「薫子さん、これで満足ですか」
「うん!満足」
僕の花嫁姿で皆が見たがっていた一通りの儀式を終えて、僕たちは再び控え室に戻っていた。
「それならよかったです。しかし、香織里さんとまりや従姉さんのはしゃぎっぷりには驚きましたよ」
「あの二人、凄く気が合ってたよね」
本当に、聖應女学院の関係者さんは、皆が全力で僕のウエディングドレス姿を楽しんでいた。
瑞穂さんだけは、少し心配してくれていたけど。
「千早、あたしわかったよ」
薫子さんが唐突にそんなことを云った。
「何をですか」
僕はそう聞き返して……。
「これがあたしたちなんだってこと」
薫子さんはそう答えた。
「そうですね。あの頃と変わらない皆さんがいて、僕たちがいる。僕と薫子さんは結婚しますけど、何かが変わるってことでもないのかもしれません」
そう。僕たちの絆は決して弱まることはない。そう実感できた式だった。
「うん。でもね、変わったこともあるよ」
薫子さんは嬉しそうにそう云うので、僕はまた聞き返した。
「それは何ですか」
薫子さんはぽんぽんぽんっと前に進み、僕のほうに振り返った。
「それはね。誓いのキスだよ」
前を行く薫子さんに追い付くと薫子さんは続けて云った。
「千早、もう離さないよ」
「それは僕の台詞です。薫子さん」
そして僕たちは、今日三度目の口付けを交わした。
さて、閉式後の話。
「千早くん……僕の結婚式でも、同じことをやったんだ」
「瑞穂さんもですか……」
「うん。千早くんたちが帰ってから、親族と聖應関係者だけでやったから」
「その時の写真か何かは」
「これ……」
「「……………………」」
「お互い大変ですね」
「そうだね」
友情を深め合う、瑞穂と千早であった。
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