それは、間もなく梅雨に入ろうかと言う、五月も下旬のある日の事。
週末のある日曜日、僕と初音さんは二人で街に買い物に来て居た。
 と云ってもこれは大学に入学してからのほぼ定例行事だったりする。
 一緒に過さない日を想い出すのが困難な位、僕達はいつも一緒に行動をして居て。
 初音さん曰く『毎日が千早ちゃんとの散歩でとても楽しいです♪』との事だけれど、それはまあ僕も同じな訳で。
「…っと、ここのお店でのお買い物はこれで終わりです」
 買った物と買う物リストを軽くチェックした初音さんがそう云ってきた。
「ええと、後は本屋さんでしたっけ?」
「そうですけれど、その前に何処かでお茶にしませんか?」
「ああ、そうですね。それではあちらの角のオープンカフェで休憩にしましょうか」
「はい☆」
 買い物と云う名前の散歩に繰り出して来てから既に一時間は経過して居る。
 そろそろ一息入れても良いだろうと言う事で、僕達は傍のオープンカフェに向かい歩いて行った。
 …の、だが。
「凄く混んで居ますね…」
 初音さんが目を丸くするくらいカフェの席は人で埋め尽されて居て、見たところほぼ満員という感じだった。
「…あ、初音さん、あそこが空いてますよ。行きましょう」
 丁度二人分の席が空いて居るのを見つけたので、初音さんの手を取って空いて居る席へと向かった。
 ところが、座ろうと思ってイスを引こうとした所、ほぼ同時にイスに手を伸ばして来た女性が一人。
「あ、ごめんなさい」
手を伸ばして来た女性は、僕達が二人連れだったのを見て、慌てて手を引いた。・・・の、だが。
「・・・あれ? もしかして・・・初音?」
 彼女は初音さんの顔をちらっと見ると、目を丸くして声を掛けてきた。
「え? …ゆ、由佳里お姉さま!?」
『お姉さま』とは、ちょっと懐かしいフレーズだなとふと思ったけど、と云う事はこの女性は聖應のOGなのだろうか。
「偶然ねー。元気だった?」
「ええ、おかげさまで。由佳里お姉さまも?」
「うん、相変わらずね」
 そこで由佳里さんは僕の方をちらりと見た。
 何となく、軽く会釈をしてしまう。
「…ところで初音、もしかして散歩の途中だったりした?」
「はい、散歩中です♪」
 満面の笑みでそう答える初音さん。
「あははは。ま、折角の散歩中なら邪魔しちゃ悪いわね。また今度ゆっくりとお茶でもしましょう」
 そう云って、由佳里さんは軽く手を振って立ち去ろうとした。
 ところが。
「あ、それでしたら、私達も一息入れようと思っていた所ですし、由佳里お姉さまもご一緒に如何ですか?」
 初音さんはそう云って由佳里さんを引き止めた。
「え? でも、散歩中なんでしょ? 邪魔しちゃ悪いし…」
「別に悪くなんか無いですよ。私も久しぶりに由佳里お姉さまとお顔を合わせたのですから、お話もしたいですし」
 そう云って、初音さんはちらっと僕の方を見た。
「良いですよね、千早ちゃん?」「ええ、構いませんよ」
 初音さんと付き合い始めて以来、この手の事にはもうすっかり馴れて居たので、一も二もなく頷いた。
「だそうですよ。如何ですか、由佳里お姉さま?」
「あははは。何かそう云う所、初音は昔と全然変わり無いわね」
 少し呆れたような、それでも嬉しそうな感じで由佳里さんはそう云うと。
「じゃ、悪いけどお邪魔させて貰うわね」
「はい♪」
 せっかくなのでと、三人で話が出来る喫茶店へと移動した。
「しかし、『あの』薫子にねフィアンセが出来てるとはねぇ………」
 由佳里さんは、初音さんの方を見て何やら意味ありげな笑いを浮かべながら、そんな事を云った。
「一年も会わないうちにまた一段と逞しくなっちゃって」
「それはもう、色々ありましたから。ね、千早ちゃん?」
「え? え、ええ、そうですね…」
 突然話を振られて、僕はそう答えた。
 と云うか、去年一年間で考えると色々あったのは寧ろ僕の方なんだけどね。
「…っとそう云えば、すっかり薫子さんのフィアンセを置き去りにしちゃったわね。ごめんなさいね」
「いえ、構いませんよ。積もるお話もあるでしょうから」
 僕はそう云って微笑み返す。
 この場合、邪魔なのはむしろ僕なんじゃないかなと思える訳なんだけれど。
「そう云えば自己紹介が未だだったわね。私は上岡由佳里。初音の高校での1年先輩に当たるの。よろしくね」
「御門千早と云います。こちらこそ宜しくお願いします」
 僕はそう自己紹介をして、軽く頭を下げた。
 …ところが。
「え………みかど?」
 僕の名前を聞いた由佳里さんは、何やら驚いた表情をして居る。
「? ええ、御門です」
 何だろう、何かおかしい事を僕は云ったのだろうか?
 とは云っても普通に自己紹介をしただけだし、自分の発言で失言が有った様には思えない。
 …と思って居ると。
「えっと、千早さんって云ったっけ」
「はい、何でしょうか?」
「その、間違ってたら申し訳ないんだけれど…もしかして姉弟か従姉弟に『御門まりや』って人、居ない?」
「…ああ」
 そう云えばまりや従姉さんも聖鷹のOGだったっけ。
「ええ、居ますよ。僕から見るとまりや従姉さんは『従姉弟のお姉さん』に当たります」
「やっぱりそうなんだ! 珍しい名字だからそうかなって思ったんだけどね。
…でもまさか、まりやお姉さまの血縁の人が薫子さんのフィアンセとはねえ…」
「由佳里さんは、まりや従姉さんの事をご存じなのですか?」
「ええ。高校時代の、寮の先輩だったのよ。私が一年生の時の三年生でねー」
 …そう言えば聖應に居た当時、そんな話があったなと朧気に想い出した。
 と言う事は、初音さんの寮での姉が由佳里さんで、その姉がまりや従姉さんで、と云う繋がりになる訳で。
 何とも不思議な縁だなあと、ふと思ってしまった。
「なるほど、そうでしたか」
「確かアメリカに留学してる筈だけど、元気にしてるかなあ?」
「ああ…えっと、従姉弟と云いましても、僕の家は御門の分家でまりや従姉さんは本家筋に当たりますので、
正直云いますと余り接点が無いと云いますか…」
 そもそも去年一年間は僕も聖應にいたから、親戚から姿眩ましていたからね。
「そっかぁ。…ま、まりやお姉さまの事だから、元気でやってるとは思うけどね」
 そう云って、由佳里さんはうんうんと頷いていた。
「千早ちゃんって、由佳里お姉さまのお姉さまと従姉弟だったのですね。
云われて見れば名字が一緒だった事に今気がつきました」
 横で話を聞いていた初音さんが、そんな事を云ってきた。
「まあ、云ってませんでしたしね」
 そもそも今の今までその事すら忘れていた位だし。
「これでもし千早ちゃんが瑞穂お姉さまともお知り合いだったら、偶然とは云え凄いですね」
 と、そこで初音さんがそんな事を云い出した。
 …話の流れからその名前も出てくるんじゃないかとは、半ば予想はしていたけれど。
「え? …そう云えば、千早さんは『御門』って事は、もしかして…」
 その反応で、何となく由佳里さんが云いたい事が解ってしまった。
「ええ。『宮小路』瑞穂さんも僕から見ると『従姉弟』のお姉さんに当たりますよ」
 恐らく由佳里さんは瑞穂さんの正体を知っていて、初音さんは知らないのだろう。
 そんな気がしたので、僕はそう答えた。
 ついでに、初音さんには見えない様に由佳里さんにウインクをする。
「………」 一瞬、由佳里さんはあっけにとられた様な顔をしたけれど。
「…そっか、千早さんは瑞穂お姉さまとも従姉弟なんだ。ここまで来ると偶然とは云え凄いわね」
 そう云って頷いてくれた。
 で、初音さんがちょっとお手洗いに行った時に。
「…ね、千早さん。瑞穂さんの事、初音にはまだ話してないの?」
 由佳里さんにそんな事を聞かれた。
「ええ。特に聞かれても居ませんでしたので」
 そのうち機会があれば話そうとは思うけれど、今は未だその時では無いのだろう。
「…そっか。もしかしたら、そのうち話す事になるのかもしれないわね」
「そうですね。『その時』が来たら、改めてお話ししようと思います」
「………うん」 そう云って、由佳里さんは頷いていた。
(やれやれ…この借りは高いですよ、『瑞穂お姉さま』?)
 この場には居ない従兄弟に向かって、思わず僕は心の中でそうつぶやいた。
 そんな様子が少し可笑しくて、思わず笑みが零れる。
「千早ちゃん、私が居ない時に何か由佳里お姉さまとお話をしていたのですか?」
 由佳里さんと別れて本屋へと向かう道すがら、初音さんにそんな事を聞かれた。
「ええ。瑞穂さんのお話をちょっと聞かれましたので」
「そうでしたか」 それを聞いた初音さんは、何やら嬉しそうに微笑んでいた。
(瑞穂さんの事を初音さんに話す時には、由佳里さんにも僕の事を話さなきゃならないのかな)
 ふとそんな考えが頭をよぎる。
(…まあ、それも『その時』で良いか)
 瑞穂さんの事を受け入れていた由佳里さんの事だ。
 僕の事を話しても、多分受け入れてくれるのだろう。
 確証は無いけれど、何となくそんな気がしていた。
「…ふーん。あの子が『御門』千早、ねえ………」
 初音達と別れた帰り道。
 由佳里はそんな事をつぶやいた。
 手にした携帯の画面には、一年前の日付のメール。
『由佳里お姉さま、今年は新入生が二人と、転入生一人、その転入生のお付きさんが一人寮に入ってきました。
 特にその転入生なのですけれど、『妃宮千早』ちゃんって云って、髪が銀色で凄く美人さんなんですよ――』
「確かに『美人』だったわね」
 そう云って由佳里はクスクスと笑う。
「ま、今日の事に免じて、今はまだ黙って置いてあげましょうか。
…瑞穂さんとまりやお姉さまにこの事話したら、どんな顔するかなあ」
多分予想通りなんだろうなあと考えつつ、由佳里は本当に楽しそうに微笑んでいた――。
薫子も遣る事遣って、結婚式の招待状は 来ない訳は無い筈。
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